私は、かなり、小さい、子供の頃から、
両極のものを見せられて来た結果、
中庸(センター、ニュートラル)
を味わうと云う役割を、よくやっていた。
まづ、私の両親自体が、父方が東北系、母方が九州で、
私は、その間の子(ハイブリッド、笑)である。
どっちの好さも・悪さ(!?)も知っている。
食い物、風習、習慣、人柄、気候・風土、etc。
どっちが好きとか嫌いとか、好いとか悪いとか、
そういう見方はしないと云う感覚が、自ずと、養われたせいか、
「こっちと、あっちの好いとこを、くっつけて、昇華させたらどう???」と云う
考え方が、自ずと、身に付いてしまった。
哲学的言葉で云えば「弁証法的考察」であろうか。
そうした考え方は、歴史学を学んでいた時にも、非常に、役立った。
なので、歴史の授業での
「年号を暗記する類いの、詰め込み教育」には、全く、興味はゼロだった(笑)
おっと、ちょいと、脱線!
しかし、両極を観て、中庸(センター、ニュートラル)に廻る役目の多い事、
多かった事!
●家は、元々、比較的裕福だったが、そうで無い環境も、味わった
(貧乏アパート〜1000坪の家+別荘生活)。
●いじめられた事も、無自覚に、結果(!?)いじめた事をあった
(みんな、案外、両方、やっているハズ)。
●上品も下品も、両方、味わった(拾い食い!?〜超高級料亭まで)。
●日本的な優柔不断的な面と、欧米的なはっきりとモノを云う事の、
どっちも解る(日本を出て、初めて、これは、解るんですよ)。
●私立的なものと、公立的なものの、対比も知っている(私は、体育に1があったので、公立高校に行けませんでした、笑)。
●勤め人も、自由人も、両方やったし、知っている
(有閑的自由人〜サラリーマン〜失業的フウテン、笑)。
●男性的な面、女性的な面も、両方ある(今でも、少女漫画読むしね、笑)。
●引っ込み事案と、人前で何かやる、両方の好さも、知っている
(喋れ無い障害の疑い容疑〜ステージでスポットライトを浴びる喜び、笑)。
etc
数え上げれば、対極的体験的には、キリが無い(笑)
まぁ、振れ幅が、異常に、激しいと云う感じでしょうか(笑)
なので「物事は、絶対的に、こういうものである!」と云う、
言い切り的な事が、大嫌いで、よく、茶化して来たし、
今でも、よく、茶化す(笑)
それは、僕のユーモア・センスにも、よく出ている様子らしい(苦笑)
よくあるのは、
真逆の性質を持つ人々の間に立たされる事である。
しかし、翌々、観察していると、真逆に見えて、同じだったりするのである。
近親憎悪みたいなものだろうか!?
私から、観たら「ベクトルは逆だけれど、どっちも、どっちかなぁ〜」
と云う感じである。
なので、ちゃんと対峙しつつも、適当に、かわしていもいた。
「右と左」「上と下」「西と東」「北と南」「男と女」「善いと悪い」
「1か0か」「陰と陽」的な、デジタル的な、
「二項対立」には、意味は理解しつつも、興味は、殆ど無かった。
この、我々の3次元(時間を×れば、4次元)の世界は、
この「2元性のマトリックス」から、出来ている。
しかし、何か、そういう時代でも、もはや、無くなりつつあるのを、
今、ひしひしと、感じている。
よく、アセンションと云う言葉を聞くが、
この「2元性」のマトリックスを超越すれば、新たな、次元・世界が
初めて、見えて来るのだろうとも思う。
対局を観ずして、大局は見えて来ないのかもしれん。
しかし、その先には、新たな、世界が待っているのだろう!!!
その為に、きっと、色々と、体験しているのが、
我々の、現在のリアリティーなんでしょう!
しかし、それぞれの
違う、パラレル・リアリティーに向かう為の、
複数の列車は、今、ターミナル駅で、今か、今かと、
発車を待っているのでしょうね!
(ロンドンのキングス・クロス・ステーションを思い出しますね、笑)
さあ、貴方は、何番線の列車にのりますか???
ワクワク(微笑)
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